大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6199号 判決

原告 共栄商会こと 島崎剛聰

右訴訟代理人弁護士 高山征治郎

同 山下俊之

被告 本田栄徳

右訴訟代理人弁護士 鈴木亜英

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は原告に対し金七九九万八九五六円及びこれに対する訴状送達の翌日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は室内装飾工事の請負及び室内装飾品の販売を業とする者であり、被告は、昭和五二年二月二八日以来、訴外長島健雄(以下長島という。)を代表取締役とする、土木建築工事の請負などを目的とする訴外大東ハウス工業株式会社(以下大東ハウスという。)の取締役である。

二  原告は、昭和四六年ころ、大東ハウスとの間で、代金支払条件を毎月二〇日締切り翌月二〇日手形払とする約定で、室内装飾工事を行ない、あるいは室内装飾品を販売する旨の契約を締結し、右契約に基づき、昭和五二年九月二一日から昭和五三年二月二〇日までの間、大東ハウスの注文に基づき、室内装飾工事を完成し、室内装飾品を販売し、その結果、大東ハウスに対し、左記のとおり工事、売買代金債権を取得した。

1 昭和五二年一〇月分 金一〇〇万円

2 同年一一月分 金一四四万円

3 同年一二月分 金二六一万二〇〇〇円

4 昭和五三年一月分 金七五万二一七〇円

5 同年二月分 金二一九万四七八六円

三  大東ハウスは前項1ないし3の代金債務の支払のため別紙目録記載の約束手形四通及び小切手一通を振出し、原告は右約束手形及び小切手を現に所持している。

四  ところで、大東ハウスは、昭和五二年一二月初めころ、経営が破綻しており、原告は、前記小切手をその支払期日である昭和五三年二月二〇日に支払場所に呈示したが、支払を拒絶され、その後、大東ハウスは、同年三月一五日、二回目の手形不渡を出して、銀行取引停止処分を受け事実上倒産し、その結果、原告は、大東ハウスから振出され、所持している前記約束手形及び小切手の支払及び第二項4、5の代金の取立が不能となり、合計金七九九万八九五六円の損害を蒙った。

五  大東ハウスの倒産の原因は、代表取締役として経営の実権を握っていた長島が無計画で杜撰な拡大経営に終始したため経営が悪化したにもかかわらず、実力以上の工事を受注しようとしたり、利益のほとんどない工事を受注し、更にいわゆる町金融である訴外淡路総業株式会社から高利で金融を受けたりしたことによるもので、原告に振出した手形などの決済の見込みのないことを熟知しあるいは予期すべきでありながら原告に注文をし、代金支払のため手形を振出したため原告に損害が生じたものであるが、被告は大東ハウスの取締役でありながら、長島の放恣な経営に対して、取締役会に出席したり、自から取締役会を招集するなどして、長島の経営を監視し、監督すべき義務があったにもかかわらず、これをなさないばかりでなく、長島と共謀のうえ、前記淡路総業の金融を受けるにつき、自からの住居を担保に供するなど積極的に加担し、取締役として職務を行うにつき、悪意もしくは重過失があり、これにより原告に損害を与えたもので、原告の損害を賠償する責任がある。

六  よって、原告は被告に対し、商法二六六条の三に基づき、原告の前記損害金七九九万八九五六円及びこれに対する訴状送達の翌日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因第一項のうち、原告が室内装飾工事の請負及び室内装飾品の販売を業とする者であることは《証拠省略》により認めることができ、その余は当事者間に争いがない。

二  同第二、第三項は《証拠省略》により認めることができる。

三  同第四項のうち、大東ハウスが手形不渡を出して、銀行取引停止処分を受け、事実上倒産したことは当事者間に争いがなく、その余の点は《証拠省略》により認めることができる。

四  同第五項について検討するに、

1  前記各認定事実に《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(一)  長島は土木建築請負の仕事をしていたが、昭和四二年三月、税理士の指導により、会社組織にすることとし、大東ハウスを設立して代表取締役に就任し、同人の妻である長島静江と同人の兄弟である訴外守部清と訴外長島求が取締役及び監査役に就任したが、取締役が不足していたため、長島は、当時、日本住宅公団の団地建設地の買収を業としている日本共同住宅に勤務していた、同人の妻の妹と結婚していた被告に対し、名前を貸して欲しいと言って、取締役になることを要請し、被告もこれを承諾し、大東ハウスの設立の際に取締役に就任し、以後、取締役の地位を継続していたこと。

(二)  大東ハウスの実際の構成員長島、長島静江の他に三名の従業員がいたが、営業や工事の見積の仕事は、専ら、長島が行っており、従業員は長島の指示で工事の監督をしていたに過ぎず、大東ハウスは長島の個人会社とみなされる状況であり、被告は取締役就任して以来、一度も取締役会が開かれたこともなく、長島から大東ハウスの営業状態や経理内容について説明を受けたこともなく、逆に説明を求めたこともなく、取締役として報酬を受けたこともないこと。

(三)  原告は、昭和四六年ころから、大東ハウスの下請として、室内装飾工事の請負などをしており、昭和五二年八月ころは、月商約金一〇〇万円程度の仕事を請負っており、昭和五二年九月分までの仕事の支払は受けており、原告が損害を受けた代金額も、それまでの継続的関係から生じた仕事に対するものであること。

(四)  大東ハウスは、昭和五二年以前から、長島が大東ハウスの資金を個人的に使用するなどの放恣な経営がもとで経営が悪化していたにもかかわらず、当面の資金繰りのため、採算の合わない仕事を無理にしたり、高利の町金融から融資を受けるなどして、ますます経営を悪化させ、更に工事管理が杜撰でやり直し工事や工事の遅延を生じ、信用を失っていったこと。

(五)  長島は、昭和五二年一一月ころ、大東ハウスの資金繰りのため、高利の町金融である淡路総業からの融資を受ける際に、被告宅を訪れて、被告に約一〇日後に満期がくる第三者振出の額面約一五〇〇万円の約束手形を見せて、右手形の期日がくるまで金六〇〇万円の融資を受けるについて連帯保証人になって欲しい旨要請し、被告は手形を見せられたことから長島の言葉を信用し、連帯保証人になることを承諾し、被告の印鑑証明書と白紙委任状を渡したところ、長島は、同月二一日、右書類を利用して、淡路総業のため、被告所有の土地、建物につき、極度額金三〇〇〇万円の根抵当権設定登記手続をなしてしまい、その後、被告は右登記の事実を知り、長島と相談して、金利の安い訴外株式会社大宝物産から金を借りて淡路総業の借金を返済することとし、昭和五三年二月二一日、右土地、建物について、大宝物産のため、極度額金三〇〇〇万円の根抵当権設定登記手続をなして、大宝物産から金を借りて、被告が不足分として金一〇〇万円を追加して、淡路総業の借金を返済したこと。

2  以上の認定事実第一ないし第三項の認定事実によれば、大東ハウスは長島の放恣な経営によって倒産し、その結果、原告は損害を蒙ったことを認めることができる。

3  そこで被告の責任について判断するに、

(一)  株式会社の取締役は、会社に対し、代表取締役が行なう業務執行につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自から招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行なわれるようにする職責がある。しかしながら、代表取締役の業務について、その全てを監視することが不可能であり、取締役会に付議された以外の事項については、取締役の監視義務違反の責任を追求するには、代表取締役の業務活動の内容を知りもしくは容易に知りうべきであるのにこれを看過したことなどの特段の事情が必要であると解すべきである。

(二)  本件につき考えるに、前記認定事実によれば、大東ハウスは長島の個人会社であり、被告は大東ハウス設立の際に名義を貸与しただけの名目取締役にすぎず、大東ハウスの業務については長島が独断で行ない、被告は設立以来一切関知しておらず、大東ハウスの受注内容や工事管理の杜撰さについては全く、高利の町金融からの融資についても昭和五三年初めころまでは右事実を知ることは困難であったと判断でき、長島の放恣な経営を容易に知り、これを監視し、阻止することはできる状況ではなかったといえる。

(三)  なお、原告は、被告と長島とが共謀して高利の町金融から融資を受け、倒産を容易にしたと主張するが、共謀の事実を認める証拠がないばかりでなく、前記認定事実によれば、被告は長島を信用して金六〇〇万円の融資の連帯保証人になるために白紙委任状などの書類を交付したにすぎず、後日、大東ハウスが町金融から多額の融資を受けて、この担保のために自宅に根抵当権設定登記がなされたことを知ったもので、連帯保証人となることを承諾したことは、大東ハウスの取締役としての立場よりも、長島の義弟としてなしたと見ることが相当であり、被告が取締役会の招集を求めるなどして長島の業務執行を監督することは、被告の名目取締役としての立場からは、日常の営業状況の報告を受けていない以上、被告が当時会社経営については素人であったことも併せ考えると、容易になしえたと認めることができず、原告の主張は理由がない。

(四)  以上によれば、前記1認定の事実では、被告について大東ハウスの取締役として代表取締役の業務執行について監視義務を怠ったことは認められるにしても、それ以上に、商法二六六条の三に規定する悪意もしくは重過失を認めるには十分な事実とはいえず、他に原告主張を認めるに足りる証拠はない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松峻)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例